占いで自分の死期がわかると人は優しくなる

相談者のプロフィールを知ると、それが先入観になって、霊視の邪魔になるということはないのだろうか。気になって占い師さんに聞いてみました。

「知れば知るほど細かくわかります。ですから、邪魔になるというより、さらに深く霊視できます。初対面の方よりも、2回、3回会ったり、おつき合いが深まると、よりいっそうわかってきます」

この相談者が、今度いつ相談に来るかということまでわかるらしいのです。

占い師さんは、実の兄弟にまで助言を求められるそうです。

そして、相談者が亡くなっている映像が見えることもあるそうです。

「血だらけだったりしているのを見ると気持ち悪くなって、食事もできない時があります」

そういうことは、伝えないみたいですが……。

「3分の1ぐらいの方だけ、回避は可能です。3分の2の方は、回避できない」

近い未来、相談者が殺されるのが見えることもあるらしいです。聞いただけでゾッとしました。

「そこはすごく暗いんですけど、なぜ通るんですか?」と占い師さんが言うと、相談者は「いや、そこはどうしても通らなきゃならないんで」と言いつつ青ざめていくらしいです。

ドラマの世界でも、こうやっちゃいけないよと気をつけているけれども、何かのはずみでそうなってしまうとか、そこを通らざるを得ない運命ができあかっていくのですね。

更に怖い話を聞きました。

占い師さんは、自分自身の寿命や、死に方までわかると言うのです。

「本当は私は今年いっぱいで危なかったんです。一応2020年ぐらいまでは延びているのですが、それ以上はちょっとムリかもしれない。これから先のこともわかるので、生きているのがイヤになることがあります。わからないほうが幸せです」とのことでした。

もし私か霊視できたら、自分のことが知りたくてついつい見てしまうと思います。しかし、未来がわかることの喜びと悲しみがあるのです。

「たしかに私も知りたくて、細かく見ております。ただ、知れば知るほど、肩の荷が重くなりました。でも、それを知らないから、わりと気楽に生きられる。知らないと過失で終わるので、知らないほうがいいですね」

占いで未来を知るとはどういうことか、という問題に行き着きます。知ることが、はたして幸せなのでしょうか。きっと、知っていいことと、知らなくていいことがあるのでしょうね。

私は、あいまいに教えていただいている部分を、楽天的に解釈していこうとするから、それほど重荷になりません。

「恋人ができた時に、その人の本質までわかってしまうのは、きっと辛いでしょうね。」と言ってみると、

「出会いは別れの始まり。会った時から、いつ別れるかがわかります。出会った時点で別れなんです」

とのことでした。悲しすぎます……。

占い師さんの腰の低さは、ベースにこの悲しみがあるのでしょうね。がんの告知を受けた人は、優しくなるというのと同じだと思いました。

 

楽をするために霊視があるのではなく、努力するために霊視がある

霊視とかできて占いができると、自分の将来のことがわかって特に苦労もなく幸せに暮らせるんだろうなぁ、なんて思っていた時があったんです。

でも、それって全くの思い違いだったんです。

たとえば、「これからどこどこの学校を受験するけれども、もしこれが受かったら留学したいと思っていて、何歳までに卒業したい」という相談者がいたらしいんですよ。

霊視ができる友達は、この相談者の計画は思い通りにはいかないことが見えてしまったらしいのです。

そこで、「とりあえずその進路は置いといて、こういう資格をとってこういう人生を歩んだらどうですか?」というふうに、相談者にとってベストなアドバイスをしてあげたらしいです。

一見冷たいように聞こえますが、それも試行錯誤したうえでのことに違いないのです。

「そうしておかないと、後で『ちょっと!結局ダメだったじゃないですか』と言われちゃっても、それも大変なんです」ということらしいです。

「こうするとこうなりますよ」という、なんとなく見える結果みたいなものをあらかじめ提案するのです。

最終的には、相談者のほうが、そうなるんだったらやめておこうかと判断するんです。

それで、「じゃぁ、そうしてみよう」といい未来へと進むきっかけを手に入れるんですね。

作品が書けなくなってしまったという相談もあったらしいです。

その場合は、その相談者の時問を先に進めて、「未来ではこういう作品を書いていらっしやいますよ」とアドバイスするみたいです。すると、気が楽になって安心してくれたみたいです。

「その人が、一生を通じて経験することなので、それを先に知ることは、別に楽することではない。つくるのは本人ですが、ヒントを差し上げることはできるのです」

占ってもらうということは、楽をするということではないのですね。

アドバイスを受けた後にいかに努力するかが大事なんだなぁと思いました。

 

無宗教でも、信仰を持てば、自分の能力はアップする。

仙台在住の私、結構占いが好きなんですよね。

友達に霊感が強くて、霊視や占いができる友達がいるんですよ。

その人に言われて印象深かったことがあるので、今日はそのことについてかきたいと思います。

無宗教でも、信仰を持てば、自分の能力はアップするんですって。

ある時、「今日は、母方のご先祖様がいるよね」と言われて、どきりとしたことがあるんです。

さらに「いつもは、父方のご先祖様が、一緒みたいなんだけど」と。

その占いができる友達は、相談者の守護霊とも、会話するんです。

「ご先祖様は、基本的には将来起こることより、以前にこういう危険があったということを言うの。ご先祖様と私は霊としては別の存在なだから、異なる見解が出ることもたくさんあるよ」とも言っていました。

ふと疑問に思ったことを聞いてみました。

子供の頃のほうが霊感が強くて大人になるとだんだん薄れると言われるが、霊能力はアップするということもあるのだろうかということです。

「自分の能力を高めるためには、守護霊に近い存在に信仰を持つこと。宗教を持つということではなく、すがるというのではなくて、力を借りる。それに自分の信仰の力を合わせると、自分の能力がどんどん高まっていく」ということでした。

私の子供の頃、母親は、信心深かったんです。

「神様が見ているよ」という言い方で諭されていました。

たぶんその神様というのは、先祖のことではないかと思います。

父親も、商売をしているので、信心深かったんですよね。

私は、部屋の天井の隅になんとなくそういう気配を感じていたこともあります。

「先祖というのは、仏壇とか、隕られた範囲に集まる場合が多いの。西洋の方は、遺品や写真を並べておきますが、そこに来るの。あなたがここに来てはしいという感覚を頼りにして先祖が来る。だから、仏壇がなくても別に構わない。持ち歩く写真でもいい。先祖というのは常に共にある。自分が思っていることは常に祖先には伝わっていると思っていい。先祖を大切にすると、守護霊もつくようだよ。」

と、じっくりと話を聞くことができたんです。

先祖に守られていると意識すれば、それは信仰と同じなのですね。

「悪い霊に影響されないためには、霊的な感覚をあまり持たないほうがいい。修行したりしなくてもいい。普通の生き方でいいと思う。たまに私みたいなのに、ちょっと助言をもらうくらいにしておく。霊とコンタクトをとろうとしないほうがいい。むしろ先祖に手を合わせて大切にしつつ、守護霊という形で守っていただくのが、ごく自然」

なるほど、と、とても勉強になることを教えてもらいました。

また何かあったら色々と教えてもらいたいです。