運気はまわりの人間も影響している

その人の人生は、その人だけの運勢や星で成り立っているわけではありません。

例えば占い師に自分のことについて占ってもらったとして、その時悪い結果を言われたのにもかかわらず良いことばかり起きるようなことがあります。

人間は、日々いろいろな人と関わって生きているわけですから、まわりの人の運やエネルギー、波動の質(=精神レベル)の影響を、知らない間に受けているのです。

この「まわりの人からの影響」を、人間の感覚は自然と察知しています。

たとえば、「理由はないけれど、会うとなんとなく元気になる」、逆に「会うと疲れる」というような人が誰にでもいると思います。

相手に直接なにかを言われたわけではないのに、話しているとなんとなくやる気の湧く人がいるものです。波長や気が合っていつまでも話していられたり、しばらくすると「また会いたいな」という気分になります。

逆に、直接嫌な思いをさせられたわけではないのに、会うとどうも嫌な気分になる、こういう人とは、自分と相手のなにかが合わないからです。これらの自分の感覚は、見えないところで相手から影響を受けている証拠なのです。

この「なにか」を「エネルギー」と言う場合もあれば、「波動」や「気」と言うこともあるでしょう。

波動は同じ振動のものを引きよせ、違うものには反発する特質があるので、違う振動数のものと一緒にいれば、そこに居心地の悪さを感じて当然なのです。

これを人間の感覚にすると、「なんだか気分が乗らない」「なにかが合わない」というように感じるわけです。

相手の波動と自分の波動と、どちらが良いか悪いかではなく、異種なものを、自分の感覚がキャッチしているのです。

「『気』が合わない」という言葉は、単に性格的なものだけではなく、お互いの波動の質、つまり「『気』が合っていない」ということでしょう。

「会うと元気になる人や明るくなる人と一緒にいると、運が良くなる」このようなことが言われるのも、相手の影響を知らない間に受けているからなのです。相手の波動の質に、自分が引っ張り上げられているのです。

このように、たまに会う人からでさえ影響を受けるのですから、いつも一緒にいる人や家族からの影響は特に強いでしょう。

家族ではなくても、同じ屋根の下で過ごしたり、寝起きを共にしていたり、同じグループに属している人たちのエネルギーや波動の質(=精神レベル)が、自分に影響しないはずがありません。

家族や、いつも近くにいるグループの中で、ひとりの波動の質や精神レベルが高いと、一緒にいる人たちの精神レベルや波動の質も引っ張り上げられます。そのひとりの力で、家族全体、そのグループ全体、会社全体の運が変わるのです。

逆に、足を引っ張る人がひとりいると、それにつられて全体が下がることもありえます。

占いをしてもらっていて感じるのですが、それらのことをふまえたことを言い当てる占い師さんはホントにスゴイと思います。反対に相談者自身のことしか見えないような占い師さんはちょっと実力がないように感じてしまいます。

その点でいうと、 https://仙台占い.com で紹介されている占い師さんは実力があると思います。私は仙台に住んでいて占いが好きなのでとても参考にしています。

自分も他人の運気に影響を与えていると思うと、いいことをして生きていこうっていう気持ちにさせられます。

 

霊感を養うには、山で刺激を受ける

名前や写真だけでも占えるらしいです。

これは、別の人から聞いた話なのですがある商社マンが、上司を見てもらったそうです。サラリーマンにとっては、上司を見てもらうことは大事なんですよね。

「この方は、今、電車の網棚に、荷物を載せています」と占い師さんが言ったそうです。

「この占い師さんでも、はずすことがあるんだな」とそのサラリーマンは思いました。なぜなら、上司は、飛行機で出張し、その航空券は、彼自身が買って渡したからです。

ところが、上司が乗る予定の便は欠航になり、新幹線で出張に出たのでした。

子供の頃から、霊が見えていたその占い師さんも、サラリーマンを経験しているということでした。しかし、上司の方の考えが見えてイヤになり、会社を辞めたそうです。そして、将来こういう方向に進むだろうということもわかっていたそうです。

占い師さんいわく、「ただ、私は日常生活が1つの修行だと思っているので、今年よりも来年、来年よりも再来年のほうが能力が高まっているように自分としては思っています。ですから、独立して鑑定を始めた時と今とを比べると、かなり能力に差があると思います」

霊視は、後天的に努力して身につけられないのでしょうか。

占い師さんの答えはこうでした。「海ではなく山で、緑豊かで鳥がさえずるような場所で生活することです。川の水の流れの音が、自分に語りかけているように次第に感じるようになってきます。それで心がどんどん浄まっていって、勘が働くようになり、超越した感覚を手にすることができるようになります。しかし、山からおりちゃうと、また戻ってしまう。私の場合は、それが戻るスピードがたぶん遅いのではないかと思います」

誰しも生まれて数年はそういう霊感があると、占い師さんは言います。必ず持っているはずなのに、普段の生活の中でなくなっていくそうです。

だからといって、山の近くに住んでいる方が霊感に優れているかというと、それはそうではなく、ただ漠然と過ごしていると、ムダに終わるということらしいです。

意図的に、そういう感覚を得たいという目的で自然環境の豊かなところに身を置くならば得られるんでしょうね。

「私の教科書はご相談者です。霊視の時にいろいろな映像が見えてきますから、この方はこういう生き方をして素晴らしいなとか、こういう生き方をしたからこういう結果が出てしまっているんだとか、そういうことが自分が経験しなくてもわかる。私にとっては、霊視することが常に修行だと思っています。修行というより、いい刺激になっています」ということも占い師さんに教えてもらいました。

 

占いで自分の死期がわかると人は優しくなる

相談者のプロフィールを知ると、それが先入観になって、霊視の邪魔になるということはないのだろうか。気になって占い師さんに聞いてみました。

「知れば知るほど細かくわかります。ですから、邪魔になるというより、さらに深く霊視できます。初対面の方よりも、2回、3回会ったり、おつき合いが深まると、よりいっそうわかってきます」

この相談者が、今度いつ相談に来るかということまでわかるらしいのです。

占い師さんは、実の兄弟にまで助言を求められるそうです。

そして、相談者が亡くなっている映像が見えることもあるそうです。

「血だらけだったりしているのを見ると気持ち悪くなって、食事もできない時があります」

そういうことは、伝えないみたいですが……。

「3分の1ぐらいの方だけ、回避は可能です。3分の2の方は、回避できない」

近い未来、相談者が殺されるのが見えることもあるらしいです。聞いただけでゾッとしました。

「そこはすごく暗いんですけど、なぜ通るんですか?」と占い師さんが言うと、相談者は「いや、そこはどうしても通らなきゃならないんで」と言いつつ青ざめていくらしいです。

ドラマの世界でも、こうやっちゃいけないよと気をつけているけれども、何かのはずみでそうなってしまうとか、そこを通らざるを得ない運命ができあかっていくのですね。

更に怖い話を聞きました。

占い師さんは、自分自身の寿命や、死に方までわかると言うのです。

「本当は私は今年いっぱいで危なかったんです。一応2020年ぐらいまでは延びているのですが、それ以上はちょっとムリかもしれない。これから先のこともわかるので、生きているのがイヤになることがあります。わからないほうが幸せです」とのことでした。

もし私か霊視できたら、自分のことが知りたくてついつい見てしまうと思います。しかし、未来がわかることの喜びと悲しみがあるのです。

「たしかに私も知りたくて、細かく見ております。ただ、知れば知るほど、肩の荷が重くなりました。でも、それを知らないから、わりと気楽に生きられる。知らないと過失で終わるので、知らないほうがいいですね」

占いで未来を知るとはどういうことか、という問題に行き着きます。知ることが、はたして幸せなのでしょうか。きっと、知っていいことと、知らなくていいことがあるのでしょうね。

私は、あいまいに教えていただいている部分を、楽天的に解釈していこうとするから、それほど重荷になりません。

「恋人ができた時に、その人の本質までわかってしまうのは、きっと辛いでしょうね。」と言ってみると、

「出会いは別れの始まり。会った時から、いつ別れるかがわかります。出会った時点で別れなんです」

とのことでした。悲しすぎます……。

占い師さんの腰の低さは、ベースにこの悲しみがあるのでしょうね。がんの告知を受けた人は、優しくなるというのと同じだと思いました。

 

楽をするために霊視があるのではなく、努力するために霊視がある

霊視とかできて占いができると、自分の将来のことがわかって特に苦労もなく幸せに暮らせるんだろうなぁ、なんて思っていた時があったんです。

でも、それって全くの思い違いだったんです。

たとえば、「これからどこどこの学校を受験するけれども、もしこれが受かったら留学したいと思っていて、何歳までに卒業したい」という相談者がいたらしいんですよ。

霊視ができる友達は、この相談者の計画は思い通りにはいかないことが見えてしまったらしいのです。

そこで、「とりあえずその進路は置いといて、こういう資格をとってこういう人生を歩んだらどうですか?」というふうに、相談者にとってベストなアドバイスをしてあげたらしいです。

一見冷たいように聞こえますが、それも試行錯誤したうえでのことに違いないのです。

「そうしておかないと、後で『ちょっと!結局ダメだったじゃないですか』と言われちゃっても、それも大変なんです」ということらしいです。

「こうするとこうなりますよ」という、なんとなく見える結果みたいなものをあらかじめ提案するのです。

最終的には、相談者のほうが、そうなるんだったらやめておこうかと判断するんです。

それで、「じゃぁ、そうしてみよう」といい未来へと進むきっかけを手に入れるんですね。

作品が書けなくなってしまったという相談もあったらしいです。

その場合は、その相談者の時問を先に進めて、「未来ではこういう作品を書いていらっしやいますよ」とアドバイスするみたいです。すると、気が楽になって安心してくれたみたいです。

「その人が、一生を通じて経験することなので、それを先に知ることは、別に楽することではない。つくるのは本人ですが、ヒントを差し上げることはできるのです」

占ってもらうということは、楽をするということではないのですね。

アドバイスを受けた後にいかに努力するかが大事なんだなぁと思いました。

 

無宗教でも、信仰を持てば、自分の能力はアップする。

仙台在住の私、結構占いが好きなんですよね。

友達に霊感が強くて、霊視や占いができる友達がいるんですよ。

その人に言われて印象深かったことがあるので、今日はそのことについてかきたいと思います。

無宗教でも、信仰を持てば、自分の能力はアップするんですって。

ある時、「今日は、母方のご先祖様がいるよね」と言われて、どきりとしたことがあるんです。

さらに「いつもは、父方のご先祖様が、一緒みたいなんだけど」と。

その占いができる友達は、相談者の守護霊とも、会話するんです。

「ご先祖様は、基本的には将来起こることより、以前にこういう危険があったということを言うの。ご先祖様と私は霊としては別の存在なだから、異なる見解が出ることもたくさんあるよ」とも言っていました。

ふと疑問に思ったことを聞いてみました。

子供の頃のほうが霊感が強くて大人になるとだんだん薄れると言われるが、霊能力はアップするということもあるのだろうかということです。

「自分の能力を高めるためには、守護霊に近い存在に信仰を持つこと。宗教を持つということではなく、すがるというのではなくて、力を借りる。それに自分の信仰の力を合わせると、自分の能力がどんどん高まっていく」ということでした。

私の子供の頃、母親は、信心深かったんです。

「神様が見ているよ」という言い方で諭されていました。

たぶんその神様というのは、先祖のことではないかと思います。

父親も、商売をしているので、信心深かったんですよね。

私は、部屋の天井の隅になんとなくそういう気配を感じていたこともあります。

「先祖というのは、仏壇とか、隕られた範囲に集まる場合が多いの。西洋の方は、遺品や写真を並べておきますが、そこに来るの。あなたがここに来てはしいという感覚を頼りにして先祖が来る。だから、仏壇がなくても別に構わない。持ち歩く写真でもいい。先祖というのは常に共にある。自分が思っていることは常に祖先には伝わっていると思っていい。先祖を大切にすると、守護霊もつくようだよ。」

と、じっくりと話を聞くことができたんです。

先祖に守られていると意識すれば、それは信仰と同じなのですね。

「悪い霊に影響されないためには、霊的な感覚をあまり持たないほうがいい。修行したりしなくてもいい。普通の生き方でいいと思う。たまに私みたいなのに、ちょっと助言をもらうくらいにしておく。霊とコンタクトをとろうとしないほうがいい。むしろ先祖に手を合わせて大切にしつつ、守護霊という形で守っていただくのが、ごく自然」

なるほど、と、とても勉強になることを教えてもらいました。

また何かあったら色々と教えてもらいたいです。